(マウンテンプクイチ/芳文社まんがタイムKR・1〜3巻)
中学時代野球部に所属していた武田詠深は、不完全燃焼のまま中学野球を終え、「制服がかわいいから」と、野球部が休部中の新越谷高校に進学する。
そこで出会ったのは息吹と芳乃、野球好きの双子姉妹と、幼なじみの捕手・山崎珠姫。
「野球女子の再会の儀式」として、誰もいないグラウンドにやって来た4人。そして詠深が封印していた“魔球”を投じた瞬間から。新越谷高校の新たな歴史が動き出した。
「あまゆる。」「ななゆり」など、ほんわかした百合マンガの第一人者・マウンテンプクイチさんがなんとなんと野球マンガに参入。もちろん百合風味で。
ということでうっかり手に取ってしまったこのマンガ、しかしなかなかこれは楽しめましたよ。
廃部目前となったかつての名門野球部、突然現れた魔球投手、そして幼なじみの捕手との再会……と出だしは野球マンガのテンプレなんですが、そこはそれゆるふわ百合マンガの第一人者、マウンテンプクイチさん。さっそく微百合風味というエッセンスを投入し、他の野球マンガとは一線を画したムードを投入してくれます。
詠深×珠姫の王道主人公百合カップルだけじゃなく、怜先輩と理沙先輩のクールな先輩コンビ、希ちゃんと白菊ちゃんの微妙なライヴァル関係など、さまざまな女のコ同士の関係が描かれていて充実感がフルスイング。ライヴァルや脇役に至るまでキャラが立っていて、読んでいてページ数以上のヴォリュームが感じられるんですよね〜。
そんな百合百景っぷりを愛でているだけでも満足だというのに、練習の描写や試合の駆け引きなど、「野球」そのもののディテールにも手抜きなし。
オーソドックスでシンプル、だけど熱くて愛らしい、だから野球って楽しいなぁ、野球マンガって面白いなぁ、ってことを再認識させてくれる、わくわくが止まらなくなる野球マンガです。
本編のヒロインにして、新越谷高校のエースが武田詠深ちゃん。
制服少女のワインドアップというドキドキ☆ビジュアルの新境地でいきなり目を惹き付けてくれる、すらりとした長身にツインテールがトレードマークの美少女ですが、彼女のキャラクターを決定づけるのは右打者の外角へ大きく曲がり落ちる“魔球”の存在。
しかし中学時代はその変化が大きく過ぎるゆえにキャッチャーも受けることが出来ず、“魔球”は封印。ストレートを投げては打たれ、1回戦負けの繰り返しで中学時代を終えていたのです。
だけどその“魔球”を受けることが出来る珠姫ちゃんとバッテリーを組んでからが、詠深ちゃんの高校野球ストーリーの開幕。強豪校相手に快刀乱麻のピッチングを見せる……とまで言うとちょっと誇大表現ですが、一歩も引かないピッチングを見せる彼女の爽やかさにぐいぐいと引き付けられてしまいます。
その一方で素顔は明るくて純真な女のコ。野球選手としても走攻守に才能を見せるというわけではなく、打線では下位の担当だったり、練習の厳しさにいつも悲鳴を上げていたり、そんなフツーっぽさがまたピッチングと好対照でいいチャームポイントになっているんですよね。
珠姫ちゃん相手に垣間見せる独占欲の強さもまた、エースらしいチャームポイント。夏の太陽の下、健気に咲く白百合の魅力を持ったヒロインです。
さて、ここでは新越谷ナインをポジション順にご紹介。目移りほどに魅力的な女のコ揃いで、そこがこの作品の最高の魅力ですね〜。
詠深ちゃんの女房役にして、新越谷の司令塔がキャッチャーの山崎珠姫ちゃん。中学時代はガールズリーグの名門チームで正捕手として鳴らし、守備は正確無比。……でありながら黒髪ボブのベビーフェイスで、身長は149センチと小柄。このへんのギャップが実に魅力的ですね〜。
福岡の箱崎松陽中学から新越谷にやってきたのが中村希ちゃん。無類の巧打を誇るリードオフマンです。ストイックに野球に臨み、勝利に貪欲。誰よりも野球に熱く打ち込んでいながら、クールというか、どこか消え入りそうな物静かなムードを漂わせていて、その対照性が実に魅力的。福岡訛りもまたキュートでいいですね〜。
二塁手の藤田菫ちゃんは県大会出場チームからやって来た実力者。クールでそつがない野球巧者で、おしゃれ番長。出番が少ないなりに存在感を発揮しています。
三塁手でのちにはマウンドにも登る藤原理沙先輩は優しいきれいなお姉さん。腰まで伸びた髪も艶やかな、包容力のある先輩ですが、野球部が不祥事で活動停止になっても退部せずに部に残り続けた気骨のひとでもあるのです。そんな理沙先輩が、厳しい表情で慣れないマウンドを守る姿にはグッと来るものがありますね。
川崎稜ちゃんは菫ちゃんとともに南相模中学からやって来た遊撃手。ちょっと軽めのキャラクターで、ボーイッシュな雰囲気の持ち主。チームのいいムードメーカーになっていますし、菫ちゃんとの二遊間コンビはまさに名コンビ。この作品における一服の清涼剤なのです。
外野に回って川口息吹ちゃんは、野球熱があり過ぎる双子の妹・芳乃ちゃんに振り回されながらも、初めての野球に奮闘中。パワーはないけれど、両打ちはこなすわピッチャーもやっちゃうわ、野球選手の形態模写までやっちゃうわとセンス抜群。新越谷のジョーカーになりそうな存在です。
四番で主将を務めるのが岡田怜先輩。黒髪に鋭い目つきが示す通りの厳しい、だけども頼れる先輩なのです。理沙先輩と一緒に野球部を守り続けた信念の人。走攻守三拍子そろったまさにチームの重鎮です。
黒髪ロングの純和風美少女・大村白菊ちゃんは、中学時代剣道で全国の頂点に立ちながら、高校で野球に転向した変わり種。走攻守どこをとっても素人ですが、紫電一閃のスイングがボールに当たれば、白球はたちどころにスタンドまで飛んでいく、とんでもない飛距離を誇る一発屋。この豪快さがいい個性ですね。
そしてもうひとり、息吹ちゃんの双子の妹、川口芳乃ちゃんのポジションはマネジャー。無尽蔵の野球知識と純粋無垢な野球愛がチームにいいムードをもたらす、稜ちゃんとならぶムードメーカーなのです。読者に対してはナヴィゲーター的な存在でありまた、チームの中では名参謀。この作品の陰の主役とも言えそうな女のコです。
萌系のジャンルに入る作品ですが、なかなかどうして本格的な野球マンガ。
もちろんキャラクターとヴィジュアルを重視したレーベルの標準からは外れておらずテンポも軽快ですから、濃厚で重厚な野球ドラマを期待すれば裏切られることになるでしょうが、野球ドラマに必要な熱量は最低限以上に満たしていると思います。
テンポの速さと、萌系のヴィジュアルを受け入れられるかどうか、というのが分かれ目のように思います。
2018.4