(半田畔・紅林のえ/スニーカー文庫・全1巻)
高校生の葵は、アメリカに拠点を移すというカメラマンの父と離れ、日本に残ることを選ぶ。
引越し先は隣県にある海辺の町。父の知人が営むダイビングショップ「Hale」に居候することになったのだ。
駅を降りてウェットスーツ姿の人々やサーフボードを抱えた人が歩く町を「Hale」に向かった葵は、人知れぬ海岸でダイビングスーツ姿の少女と出会う。
黒い髪、小麦色の肌、なにより白みがかった青色の瞳が印象的な彼女・ナイアはダイビングショップ「Hale」のひとり娘だった。
海風が香る町で繰り広げられる、“南国カノジョ”とひとつ屋根のしたの生活を描くシーサイドグラフィティ。
♪ 君は微笑みだけで 海辺のヴィラ 夏に変えてく……なんて懐かしいヒット曲を思い出してしまった、純度1000%のシーサイドストーリー。
起承転結でまとまったストーリーは先が読めてしまうくらい平凡ですし、ラブコメとしては食い足りないところもあるんですが、そんなこたぁどうでもいい。圧倒的なまでに映像的で、心地よいまでにリリカルな場面描写がストーリーを息づかせていて、あっという間に作品のとりこになってしまうのです。
「なだらかなカーブを曲がると、一気に視界が開けた。道の先の景色がこれまでとは明らかに変わる。空の見え方が違っていた。海岸線の道路でまだ全貌は見えないが、その奥に海があることがすぐにわかった。」葵が海辺の町・色子市にやって来る冒頭のこのシーンからも潮風の匂いが漂ってきて、本当に自分が海に向かって、少しだけ気を逸らせながら砂まじりの道を歩いているような気分になってしまうのです!
夢を断たれ、ひとり海辺の町に引っ越してきた主人公・葵がダイビングショップ「hale」に着くまでの描写は架空の町の描写なのに紀行文のようにリアルで鮮やかで、いつかどこかの海辺の町を歩いた記憶を呼び起こされるようですし、ダイビングに関する描写は的確で見知らぬ世界への好奇心を十二分に満たしくれますし、葵がヒロイン・ナイアに振り回される描写はリズミカルで小気味よく、ひとつひとつのシーンにニヤリとしてしまいます。だからベタなストーリーだなぁ、と思いつつも、次のシーンでどんな風景が広がっているのか、次のシーンでナイアがどんな言葉をくれるのかが気になって、前のめりになって作品世界に没入しちゃうんですよね〜。
だからこそラストの海中シーン、ドラマチックでファンタジックなクライマックスが胸に刺さり、思わず鳥肌が立っちゃうのです。
ラブコメとしては食い足りないと書きましたが、どこか欠けた者が肩を寄せ合って、周囲の人々に支えられながら生きるホームドラマとしては十分以上に読ませてくれますし、少年少女の喪失と再生を描いた青春ドラマとしても存在感抜群。ストーリーもしっかり楽しめて小説を読む楽しみにあふれています。
難しいことを考えずに読めて、しかも幸福な読後感が得られる、そして読んだらすぐに海へと駆けだしたくなる1冊です。
本編のヒロインが島崎ナイアちゃん。
ショートカットの黒髪に、白みがかった青い瞳、引き締まった小麦色の肌に、純白のビキニ。
これが萌えずにいられようか、これが惚れずにいられようかという感じの、海の香りを身にまとったような夏色の美少女。表情豊かで気さくで、まさに「南国カノジョ」というニックネームがぴったり来ますね〜。
日本生まれの父親とアメリカ人の母親の間に、ハワイで生まれた女のコ。名前はハワイ語で「イルカ」という意味ですから、海を愛し、海に祝福されることが宿命づけられたようなヒロインなのです。
そんな彼女のチャームポイントであり欠点は「海が好きすぎる」ということ。
母親のメリアさんが営むダイビングショップ「Hale」を手伝うだけじゃ物足りないとばかりに、メリアさんの目を盗んで海に行っちゃうし、水着は標準装備だし、部屋の壁一面にダイビングの写真やポスターを張っているし、とにかく頭の中が海の色で塗りつぶされちゃっているのです。
だからこの本のオビには「ハワイアン少女との同居ラブコメ」と謳われている割にはラブコメ展開にならなくて、ひたすら海を巡るボーイミーツガールなストーリーになっているのが実際だったりするんですが、そんなところもこの作品の魅力ですし、そんなところもナイアちゃんの魅力。
海辺を自由に駆けまわり、海中を踊るように泳ぎ回り、海風のように周囲を翻弄する天真爛漫少女に振り回される、そんな日常が楽しく感じられちゃうのです。
本編の主人公が行足葵青年。陸上に打ち込んでいながら怪我によって競技者としての生命を絶たれてしまったという経験の持ち主なのです。そんな彼がひとり海辺の町に越してきて、「Hale」の住み込みとなり、ナイアちゃんと知り合ってダイビングの魅力を知り、そして再び夢中になれるものを見出すところがこの作品の読みどころ。挫折を経験したヒーローという青春小説の定番的なキャラクターがこの作品を読みやすいものにしていますし、彼の視点から語られる新しい生活だったり、海の中の景色だったりはどれも色鮮やかで、新しい世界に挑むわくわく感を読者に伝えてくれます。
ナイアちゃんのお母さんがダイビングショップ「Hale」を営む金髪美人の島崎メリアさん。包容力のある優しいお母さんですが、その一方でナイアちゃんのソロダイブを厳しくとがめるところもあるしっかり者のお母さん。悲しい過去を持ち、海に対して複雑な思いを抱きながらも海辺の町で海に携わる仕事を選び、海を愛するナイアちゃんを見守る彼女は、この作品のもうひとりのヒロインといっても過言ではありません。
ナイアちゃんと葵の同級生で、「ナイアのボディーガード」と呼ばれているのが飯川美麻ちゃん。長い黒髪に真っ白な肌、整った制服という、ナイアちゃんとは対照的なヴィジュアルの女のコです。合気道二段の腕前はスポーツ経験者の葵すら震え上がらせるほど。その硬質な雰囲気と、若干重すぎるナイアちゃんへの愛はこの作品のいいアクセントになっていますね。
アクセントと言えば、「Hale」のスタッフ、気のいいお姉さんなここみんこと帆口心美さんと、頼りになるようなならないようなオッサン、岸和田明人さんもいいアクセント。存在感のあるオトナが出てくるラノベというのは、いいラノベに決まっているのです。
2023.5