(法月綸太郎/講談社ノベルス)
法月綸太郎の短編集。南小谷発千葉行き特急「あずさ68号」の車中で男が変死。そのころ名古屋発長野行き特急「しなの23号」の車内では・・・『背信の交点(シザーズ・クロッシング)』、情報提供者に接触する途上、身投げ事件に遭遇した警視庁捜査一課・葛城警部のたどる運命は・・・『身投げ女のブルース』など短編5作に『イントロダクション』もついた魅惑の一冊。
名探偵・法月綸太郎の軽やかな推理が冴え渡る。
待ってました待ってました待ってましたってばぁぁぁぁぁぁ!
と講談社に殴りこみかけたくなるくらい待望ののりりんさんの短編集。
はうぅ、良いです良いです。期待を全く裏切ることなく、いや、いい方面で期待を裏切ってくれる一冊です。
法月綸太郎さんの長編はややテーマ的に重く、ある程度構えて読みたい作品が多いのですが、短編となるとその逆。サブキャラの沢田穂波とのやりとりが軽妙で、トリックにしても難解なものがなく、さくさく読める感じで、旅のおともに、酒のつまみに、待ち合わせの暇つぶしに、シチュエーションを選ばず作品に入りこめる気軽さがあります。
それでいてストーリーの作りは堅実。まさにミステリー界の安打製造機、新本格のイチローと言っていいでしょう。
打席に立ってさえくれればね〜
ちょっと皮肉屋で理屈っぽい。いかにもな名探偵ですが、これといった名セリフやネタがないので割りと無色透明なキャラクターになっています。最近の小説はマンガ以上にキャラクターを立てることに執心している傾向があるので、これはかえって新鮮。好感の持てるキャラクターと言えます。
沢田穂波嬢もさっぱりとした感じでグー。綸太郎とのやり取りはいつも軽妙でほほえましいですね。傍から見てるともっと接近して欲しいような、でもこのバランスを崩して欲しくないような、絶妙な距離感がいいのですね。
などとつらつら書くより、「−新冒険」冒頭の「イントロダクション」を読んでもらうと一読百解なんですけどね。でもこの鑑定結果は・・・ひとごとじゃないなぁ。
「頼子のために」は「この作品は生理的に受け付けない」などとおっしゃる方もいるようですが、個人的には法月作品の中で一番好きな作品です(って半分ぐらいしか著作を読んでないんですが)。読後に感じる「重さ」や「痛み」のようなものが、非常に印象に残ります。
「雪密室」も佳作。登場人物が生き生きとしていていいですね。法月さんの淡々とした文体で語られる雪の山荘が魅力的です。
「法月綸太郎の冒険」は、「新冒険」より飛んでる感じかな。バラエティーや意外性という点ではこっちの方が上だと思います。(すべて講談社文庫)
取っつきやすいのは「身投げ女のブルース」と「現場から生中継」でしょう。基本的に読みにくい、分かりにくい作品は少ないんですが、「背徳の交点」「世界の神秘を解く男」あたりは論理の行ったり来たりがあったり、専門用語が出てきたりでちょっととっつきにくいかも知れません。
各作品につながりはないので、気になる作品から気軽に読むのが正解。余り考え込まずに気楽に読んだ方がいいと思います。