(カミムラ誠/双葉社アクションコミックス・1巻〜)
デパート業界雑誌の編集長をしている青年・椎名誠の許に、ひとりの新入社員がやってくる。
その名は目黒考二。彼は無類の本好きで、一度は就職したものの「会社勤めをしていると本が読めないので」という理由で3日で退職してしまった経歴のある「破綻した男」だった。
椎名の許で働き始めた目黒だったが、やはり会社勤めは長く続かず、編集部を去ることになる。しかし読書、特にSFの話で目黒と意気投合し、彼のことが頭の片隅から離れなかった椎名の許に、再び目黒青年が現れる。
書評誌「本の雑誌」の揺籃期を描いた実録コミック。
このサイトを作るにあたって私が強い影響を受けたのが、書評誌の「本の雑誌」。
この作品はその「本の雑誌」が世に出るまでの揺籃期、草創期を描いた実録マンガなのです。……ウチのサイトにしては珍しいでしょ、こういう作品をピックアップするの。
今なら「この本が面白いよ!」と世に声を挙げたければ、この「3:31a.m.」のようにwebサイトを立ち上げるという方法がありますし、もっとお手軽にやりたければブログだって、SNSだって使える時代。ひとりでも、部屋に居ながらにして、「この本がッ! 好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」と世界に向けて叫ぶことが出来るんですが。
この作品の舞台は私が生まれた頃の1970年代。インターネットなんてものは影も形もなく、それどころか携帯電話も夢物語。その頃本編の主人公である目黒青年、椎名青年が好きな本のことを大勢に知ってもらうには、自ら書評誌を著し、自ら印刷し製本し、そして自ら書店に売り込みに行かなければならなかったのです。それをやってのけたというのですからなんという熱量、なんという情熱、なんという行動力。
令和のお気楽書評サイト運営者としましてはその熱量に胸を焦がされ、その眩しさに網膜を焼ききられてしまうのです。
「本の雑誌」を世に出すために、あちこちから様々な若き才能が集ってくる展開もまた胸熱。
小さな芽がぐいぐいと大樹に育っていく様を見るような右肩上がりのストーリーがなんともここちよく、不便を承知で、「ああッ、俺もこの時代にこうやって本を作ってみたかった!」って気持ちに駆り立てられちゃうのです。
「黒と誠」のタイトルが指すふたり、それが目黒考二と椎名誠のふたり。
まずは「黒」の方、目黒考二は今では北上次郎の名で書評を、藤代三郎の名でギャンブルのエッセイを著すなどマルチに活躍している人なんですが、この当時は一介の無職青年。
働かなきゃ本が買えないから就職するけれど、働いてしまうと本を読む時間が無くなってしまうから、結局3日で会社を辞めてしまうという、なんとも破綻した活字中毒者なのです。……私も本好きだし、いろんな活字中毒者を知ってますけれど、さすがにこれにはドン引きですわ。
しかしその分本に対する愛と熱に溢れていて、SFだろうがミステリだろうが、本の話が始まったらノンストップ。うん、このへんはたっぷり共感出来ちゃいますね〜。そして、目黒が本の感想をびっしりとレポート用紙10枚に書き綴ったものを椎名に送ったのが「本の雑誌」の始まり。薄い表情という地殻の下に煮えたぎるマグマのような本への愛を滾らせた男で、いつの間にか周囲の読書好きを惹きつける、なんとも不思議な青年なのです。
対する「誠」の方、椎名誠はのちに小説家として「アド・バード」「岳物語」などのヒット作を著し、「あやしい探検隊」などのアウトドアでの活動や海外紀行でも知られることになりますが、この当時はデパート業界誌の編集長。
クールでドライな目黒に対し、陽気な熱血漢・椎名は水と油のようにも思えますが、椎名の持って生まれたリーダー気質と、こちらも目黒に負けていない本好きとしての情熱が、目黒の才能を「本の雑誌」として結実させる強力な媒介となるのです。
こんな上司がいたら厄介だけれど、面倒だけれど、でも引っ張られちゃうんだろうな〜、と思わせる人間力の持ち主。
同じ時代に生まれて、誌上で、あるいは酒場で、喫茶店で、熱い読書談義を戦わせてみたかったッ! という思いを掻き立てられる、熱き昭和の読書青年たちなのです。
2022.11