(伊藤ハチ/一迅社百合姫コミックス・1〜3巻)
「これは、遠い遠い獣耳の生えた人達が暮らす國のお話。この國では、同性同士の結婚が許されておりました。」
春日財閥の一人娘・ちるお嬢様は、女学校を出ると間もなく親の決めた許嫁、東雲千里の許へと嫁ぐ。
ほんわかお嬢様のちると薬屋「仟年堂」を営む千里は、家柄も育ちも性格も全く違うふたり。それでもふたりはお互いを知り、少しずつ距離を近づけていく。
飯田線をはるばる乗り通して辿り着いた豊橋で、ふらりと入った書店で試読本を置いてプッシュされていた本。1ページ、2ページめくっただけでその愛らしい絵柄と優しい雰囲気が胸が高鳴りレジへ直行、信州までお持ち帰りとなりました。いい旅、いい本、いい出会いでした……。
結婚から22年も経ち、「結婚なんて夢見るもんじゃないヨ、いいことばっかじゃないヨ」なんて「アルプス正宗 本醸造」の一升瓶を抱えながら日々やさぐれている私の心も一気に浄化される尊さ!
ほっこりかわいいだけが取り柄で、家事遂行能力はまるでゼロな夢見る乙女のちるさんと、実業家としては有能だけど愛情表現が下手でちるさんと別ベクトルでやっぱり不器用な千里さま、まるで住む世界の違う世界のふたりが、それでも無垢にまっすぐに相手を思いやり、相手を知ろうとし、相手の力になってあげたいという姿が実にピュアで、読んでいていろんなものがとにかく浄化されて真っ白に綺麗になってしまうのです。そこにちるさんの侍女・カヨや、千里さまの幼馴染・ハクが絡んでその日常はなんともにぎやか。だから、甘々な新婚描写が続く割には胃もたれせず、こそばゆい気持ちを満喫しながらぐいぐい読み進められて、このバランスが実に絶妙なのですよね〜。
身分違い結婚、登場人物はみんな和服で明治大正を思わせる時代感、登場人物はみんな獣耳が生えていて、女同士でも結婚できる、そんなファンタジー全開・現実感皆無の作品世界も優しい世界を強調するのに一役買っている感じ。
不器用だけど一途なふたりに心癒され、「結婚って、いいよね」などと呟いてしまう、そんな作品なのです。
本編のヒロインが春日財閥の一人娘、ちるお嬢様。和装にネコミミ、ウェーヴ髪のほわほわした三位一体が実にかわいらしくて、柔らかそうでよいですね〜。
お嬢様と言ってもお高く留まったようなところがなくて、よく言えば天真爛漫、悪く言えばぽんこつ気味なお嬢様。
結婚したと言っても炊事が出来るわけでも裁縫が出来るわけでもなく、身の回りのことは侍女のカヨに頼らないとできないという、なんともスペックの低い新妻なのですね〜。
しかし太陽のような明るさと、月光のように無垢なまっすぐさは、ちるさんの大きなアビリティ。歩みはスローでも、今まで出来なかったことを出来るようにしようという前向きなところがほほえましく、がんばれと応援しつつ、癒されてしまうのです。
ちるさんの結婚相手が、薬屋「仟年堂」の主、千里さま。
ふんわりぽやぽやのちるさんとは対照的に、スレンダーなしっかりもので苦労人、このへんがいいコントラストですよね〜。それでもちるさんとは別のベクトルで包容力の大きさがあって、だからこのふたりがお似合いの夫婦、って見えてくるんだと思います。何でもできる完璧超人に見えて、やたらとシャイで照れ屋なところがまた魅力的ですね。
ちるさんと一緒に春日家からやってきたのが黒髪の侍女・カヨさん。主であるちるさんに対してもまっすぐに向き合って鋭くツッコミを入れる、どこか気の置けない旧友のようなムードがありますね。気苦労は絶えなそうだけど、そこがまた楽しそうに見えてくる名脇役です。
2巻から登場は千里さまと離れて暮らす妹の百ちゃん。ちっちゃいですね〜。めんこいですね〜。愛くるしいですねぇ〜。幼いのにしっかりしていて、どこまでもまっすぐ。おひさまのようなちるさん夫妻とはまた違う、清冽な水のような純真さがあって、そこにころっと参ってしまいます。姉さまに対するちょっと不器用な愛情表現もチャームポイントですね。
もとは同人誌をベースにした出自であるせいか、思い切りのいい世界設定が特徴。とくに「百合」は好みを選ぶジャンルだと思いますので、このへんの世界観を受容できるかどうかですね。
ストーリーそのものは起伏に乏しく、あくまでキャラクターとヴィジュアル、そして雰囲気を楽しむ作品。「読む」というよりは「楽しむ」ほうに向いた作品かと思います。
2018.4