秋の花

(北村薫/東京創元社創元推理文庫)

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Story

「私」の家の郵便受けに、不思議な紙が届いていた。高校三年生の「政治経済」の教科書の、「神の見えざる手」の文字にサインが引かれたコピー。それは先日学校で事故死した、津田と言う少女が持っていた、棺に入れて焼かれたはずの、教科書のコピー。
そしてその数日後、「私」は津田さんの親友、和泉利恵が家の前で雨に打たれながら座っている姿を目撃する。それはまるで、何かの罰を受けるように・・・
彼女らふたりの間に何があったのか。真打ち・春桜亭円紫の推理が冴える!

Impression

私がもし死んだら、一緒に埋めて欲しいと思うほど大好きな本です。けしてあかるい話でも、勇気の出るストーリーでもありませんが、このエピソードで語られる悲しさ、愛しさ、空しさ、そしてつよさ。その全てが愛しいのです。
和泉さんと津田さんをはじめ、「私」と円紫さん、「私」と母親、「私」と正ちゃんといった「ふたり」の関係が鮮やか。もちろんミステリーですし、最後に明かされる真相は、はっと胸を衝かれる重さがあるのですが、それぞれの「ふたり」の関係が軽妙で、その重さを和らげて、かつ倍増させる、絶妙な要素になっています。
メッセージ性の強いこのシリーズの中でも、特にその要素が強い作品。胸にしっとりと残る傑作です。

Character

やはり「私」の魅力は大きいですねぇ。読書が趣味の男性なら、「あ、こんな彼女が欲しいな」と思うのでは。気取らない感じで、でも女らしく愛らしく、大人しげで儚げで。リアリティとキャラクター性のちょうど狭間にあるようなキャラクターで、ひとりひとりの読者が、それぞれの「私」を心に抱いてしまうと思います。
その「私」とマブダチトリオを構成する正ちゃんと江美ちゃんもそれぞれ「私」と違ったキャラクターで魅力的。三人のやり取りはテンポが良く、読んでいてすごく楽しいですね。さばさばした正ちゃんは個人的にかなり好みです。
そして円紫師匠。深い洞察力と優しさを兼ね備えていて、かなり異質な名探偵ですが、このシリーズのイメージにはぴったりで、とても印象的。神のような推理力を発揮しながら、懐の大きさがあって、いいなぁ、と思ってしまいますね。

Series

短編集は「空飛ぶ馬」「夜の蝉」(以上創元推理文庫)「朝霧」(東京創元社)の3冊。いずれも佳作で甲乙つけがたいですが、あえて一冊選ぶなら「空飛ぶ馬」でしょうか。軽い作品は少ないんですが、謎が魅力的で、解決が鮮やかで、文体のたおやかさが良くて、非常にとっつきやすい作品になっています。
個人的には「空飛ぶ馬」所収の「砂糖合戦」「胡桃の中の鳥」「空飛ぶ馬」、「夜の蝉」所収の「夜の蝉」、「朝霧」所収の「山眠る」が好きです。
長編の「六の宮の姫君」(創元推理文庫)は過去の文学界をテーマにしたミステリー、ということで、とっつきにくいかなぁ〜と思っていたんですが、そんなことはなく、面白い面白い。文系なヒトなら必読です。読後の満足感ではこれが一番かもしれません。

Guide

「秋の花」単体でももちろん楽しめますが、キャラクターに対する思い入れを作る意味でも、作品世界の深さを感じる意味でも「空飛ぶ馬」「夜の蝉」を読んでおく事をお勧めします。
長編とは言えそんなにボリュームはないので、まとめて読める時に一気に読む事のが○。出来ればひとりの時、しっかりと作品と向かい合って読みたい一品です。


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