(菊地幸見/祥伝社)
盛岡を舞台に世界の強豪が覇を競う「盛岡国際マラソン」。
その中継アナウンサーに抜擢された地元局のアナウンサー・桜井は、ある違和感に気付く。
なんと、コースではなく沿道を、世界のトップランナーと同じスピードで駆け続ける若者がいたのだ。
アナウンサー、大会の運営者、マラソンランナー、指導者、一般市民、そして謎の沿道ランナー。「盛岡国際マラソン」に関わるさまざまな人たちを切り取りながらひたすらに駆け抜ける、爽快なスポーツ小説。
著者の本業はIBC岩手放送のアナウンサー。
実は私が「びぜんや」のPNを使いだしたのは、菊地幸見さんもパーソナリティを務めていた「爆発ワイド ラジオ新鮮組」が最初でして。そんなわけで、小説家としてデビューしたときから注目していたのですね〜。
その菊池さんの第3作は、盛岡市を走る架空のマラソン大会を舞台にしたマラソン小説。オープニングが中継車に乗るアナウンサーの視点から、というところがニヤリとさせられますねぇ。
マラソン大会には日本のエース・中澤敏行をはじめ世界各国の強豪や、意気盛んな新人が出てくるのですが、ヒーローはコースを走る彼らではなく、沿道を、トップ集団に食らいついて走る素人、というんですから面白い。
序盤はマラソン大会に関わるひとたちの描写でディテールフルにに進められ、中盤は中澤を中心としたマラソンランナーたちのかけひき。そこから終盤、沿道をひた走る異色のランナー・健次郎にフォーカスが当てられた途端、ストーリーは熱さと暖かさを帯びて、ラストシーンへと加速していくのです。
「なぜ健次郎は沿道を走るのか?」「健次郎が沿道を走る理由は?」「健次郎は無事完走できるのか?」そんないくつもの?に引っ張られながら、頁をめくる手が止まらなくなってしまいます。
イージーでローカルで、とてもホットでスポーツマンシップにあふれた小説。とにかく最初から最後まで読者を引っ張り続ける作者のチカラワザが見事で、「これがエンターテインメントだ!」と叫びたくなるような、爽やかな快作です。
まぁ、キャラクターを楽しむ作品ではありませんし、萌えゴコロを刺激するようなキュートな女のコも出て来ないわけなんですが。
それでも魅力的なキャラクターは目白押し。
まずは主人公の高倉健次郎。先日亡くなった国民的俳優を思い出させる名前ですが、こちらも確かに不器用な男ですね。いろいろと作品の鍵を握る存在なので、ここで詳しく書けないのが残念。岩手人らしい、無骨でしぶとく真っ直ぐな生きざまが好もしいヒーローです。
もうひとりの主人公と言えるのが、みちのく放送のアナウンサー、桜井剛。読んでいると、どうしても桜井のセリフに幸見さんの声を当ててしまうんですが(吉井祥博アナというテもあるかもしれない)。まさに作者の分身と言える、郷土愛とアナウンサー魂に燃える男。そのホットな語り口で、読者のテンションを右肩上がりに、作品世界に没頭させてくれる、名ナヴィゲーターです。
健次郎の奥さん・高倉奈穂美はこの作品のコメディリリーフ的存在。中盤以降、マラソンコースの描写ばかりが続く中、彼女の立ち回りが清涼剤になってくれます。関西人らしいナチュラルハイなテンションも作品のいいアクセントですね。
盛岡市郊外にある架空のスタジアムをスタート&ゴールに、秋田街道から小岩井農場を折り返すルートが舞台。岩手人ならリアルに楽しめる情景描写が魅力の作品です。その分、盛岡に縁のない人にはどうかな、という気もしますね。
せっかくなら盛岡市内、開運橋や石割桜、不来方城なども出してくれれば、とも思うんですが、そうせずにリアリティ、ディテールを追及してきたところがこの作品の手応えに繋がっています。マラソンに関するディテールもしっかりしており、テレビでマラソンや駅伝の中継があると思わず見てしまう……という人なら楽しめると思います。
2015.1