長崎殺人事件

(内田康夫/光文社文庫)

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Story

本業はしがないルポライターだが、名探偵として数々の難事件を鮮やかに解決して来た浅見光彦は、警察庁刑事局長である兄・陽一郎の意を受け、空路・長崎へ飛び、グラバー園で起きた2件の殺人事件の捜査を行っていた。
そこに、「殺人容疑で逮捕された父親を救って欲しい」と、市内のカステラ屋の娘・松波春香から新たな依頼が入る。
西海の街を舞台に、3件の殺人事件が綾なすストーリーを、浅見が鮮やかに解きほぐす。

Impression

魅力的な謎、リリカルな文体、しっとりとした旅情、鮮やかな解決、もちろん忘れちゃあいけない、美しいヒロイン。五拍子そろってお得な一冊です。
日本の西の果て、異国情緒溢れる港町・長崎を舞台にした作品だけに、殺人事件が起きるのはグラバー園、捜査で出向くは稲佐山に島原、謎のメッセージは「蝶々婦人の怨み」と、こてこてのちゃんぽん風味になっています。
それもともかく、この作品−というか浅見光彦シリーズ全体ですが−、キャラクターの力が強いですね。
例えばヒロインとして老舗カステラ屋の娘、松波春香が出てきますが、彼女の中にある、長崎を愛する気持ちと、この町を出て独立しなくてはいけないというアンビバレントな気持ちが作品を通して、うまく描かれています。
日本の一番西端で、さらに背後を山に囲まれ海にだけ開かれた長崎という町。そこで彼女を取り巻く人たちの、長崎に対する思い、中央に対する思いが春香の思いに対比して描かれ、単なる旅情に終わらない、地に足のついたローカリティが醸し出されています。

Character

34歳にして今なお独身。警察庁刑事局長を務める兄の家(自分の生家ではあるんですが)に居候し、ソアラのローンに汲々する日々。おまけに幽霊と飛行機が大嫌い。
この情けなさが浅見光彦の魅力ですね。
鮮やかに事件を解決しても、厳しく犯罪者を断罪するで無く、ときに優しく、あるいは痛みを背負った視線で犯人と対峙する、異色の名探偵です。
それを優しいと見るか、優柔不断と見るかは見解の分かれるところですが、この優しさこそが、浅見光彦シリーズの最大の美点だと、私は思います。

Series

70作以上書かれているシリーズなので、お勧めを拾い出すのも大変だったりしますが、とりあえず古い順にいくつか。
「平家伝説殺人事件」(角川文庫・他)はトリックがふんだんに使われ、初期作だけに気合の入った一冊。ヒロイン・佐和とのロマンスも含め、満足感の高い仕上りです。
「白鳥殺人事件」(光文社文庫・他)は「グリコ・森永事件」をモチーフにした意欲作。犯人側のダイナミックな動き、犯人達の中に単身乗り込む浅見など、わくわく感が満杯です。
「漂泊の楽人」(講談社文庫・他)、こちらは「豊田商事事件」がモデルです。新潟と静岡、過去の事件と現在の犯罪、ふたつを結びつける糸が鮮やか。
映画にもなった「天河伝説殺人事件」(角川文庫・他)は、能がテーマ。舞台に作られた鐘から死体が出てくるシーンから最後の解決まで、風景のひとつひとつが浮かび上がるような描写が見事。ダブルヒロインというのも嬉しいですね。
「志摩半島殺人事件」(光文社文庫・他)はある意味、もっとも浅見光彦シリーズらしい作品かもしれません。ネタは割れませんが。志摩と陸中、ふたつのリアス式海岸の海を結びつける因縁の糸が見事です。
「江田島殺人事件」(講談社文庫・他)は簡単ながら「おっ」と思わせるトリックも秀逸ですが、要は牧崎老人と浅見のやり取り。先の大戦をテーマにした作品がこのシリーズにはいくつかありますが、その中でもメッセージ性が強く、印象に残る作品です。
「風葬の城」(講談社文庫・他)は会津若松を舞台に、地元の人が浅見を見た視点でストーリーが統一されています。それだけに、「Impression」でも書いた旅情と、ローカリティのバランスがよく、読み応えがある感じになっています。
最後の1ページが印象的なのが、「朝日殺人事件」(ジョイ・ノベルス他)。内田さんは淡々とストーリーを進めながら最後に泣かせる、こういう部分がうまいですね。
「華の下にて」(幻冬舎ノベルス他)は華道をテーマ、京都を舞台にした意欲作。このシリーズは「和」がテーマになっている部分がありますが、その真骨頂ですね。ちょっとどきっとするプロローグが後段になってさらに意味を持ってくる構成が○。、ヒロインは女子高生だし〜(笑)

Guide

このシリーズは殆どがそうですが、基本的に人間描写をメインにしたフーダニット(犯人あて)なので、明快なロジックや大掛かりなトリックを求められる向きにはちょっと物足りないと思います。ミステリーではなく、推理「小説」と言った方がいいかも。
その分、グラバー園や稲佐山など、描かれる長崎の風景を楽しみながら、人間ドラマを味わいたい作品。
とはいえ、ドロドロとした因習とか、もつれた人間関係といった部分はないので、気楽に取りかかれます。


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