始祖鳥記

(飯嶋和一/小学館)

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Story

天明五年、備前岡山。
城下には腐り切った藩政を批判する「イツマデ、イツマデ」の鳴き声を上げながら夜を飛ぶ怪鳥「鵺」の噂が飛び交っていた。
鵺騒ぎの首謀者の捕縛に躍起となった藩は、ついに鵺の正体を銀払いの表具師、備前屋幸吉と断定、六十人の捕り方を送り込む。
なぜ、一流の職人である幸吉は危険を冒してまで、翼をつけ夜を飛んだのか・・・

Impression

一言で言うと、熱い男の血潮たぎる歴史ロマンですね。
合戦シーンがあるわけでもない、主人公の幸吉が立身出世の街道を駆け上がるわけでも、歴史を動かすわけでもない。お色気もない。
なのに幸吉のその生き様が読み手の心を激しく揺さぶるんですよね。そのベースとなっているのは、幸吉の激しく純粋なまでの空への憧れ。そのロマン、その夢が男の本能にびんびんと響いてくるわけです。
描写も達者で、歴史に強くない読者でもわかりやすいように、きちんと時代背景を説明しながら、けして重く説明的になることなく、胸躍る物語世界に誘ってくれます。キャラクターも個性的でありながらあくまで庶民であり、どこか21世紀に生きる私たちにもシンクロできる感じに作られているのが○。彼らがけして閉塞した状況を諦めず、くじけそうになりながらも必死に前を向いていこうという姿が、その文面からびしびしと心に伝わってきます。
そして彼らの上に広がる空の色が印象的で、のびやかなスケール感を感じさせてくれるところが◎。読んだ後地に両足を踏ん張り空を見上げたくなるような、明るく骨の太い浪漫小説です。

Character

やはり注目は主人公・備前屋幸吉でしょう。200年後のびぜんや(ワタシのことね。余談ながら幸吉とびぜんやには何の縁もないです)も想像と妄想の世界にばっさばっさと翼を広げていたりするんですが、幸吉は電力も内燃機関もない天明の世に現実の空へと翼を背負って飛び出したんですから・・・凄いですよねぇ、やっぱり。さらにその思いを幼少期から青年期、さらに成人して老境に至るまで抱き続けたというのも凄い。その一途さ、常識はずれた行動力が期せずしてその時々の人々の心を動かしていく、そういうパワーのある人で、どこかカリスマ的な魅力があります。
行動力で人を引きつける、というのはこの作品のキャラクターに共通したポイントで、これがこの作品の前向きなムードを作ってるわけですが、その中で幸吉にも負けず劣らずの光を放っているのが、弁財船の船頭・福部屋源太郎と下総行徳の塩商人・巴屋伊兵衛。海の男らしいおおらかさと、それに似合わぬ商才が黒光りを放つ源太郎、地に足をつけつつ、閉鎖された状況を打破し、自らの拠って立つところを作り上げようとする伊兵衛、それぞれの生き様もまた幸吉のそれと同様、読むものの胸を打ちますね。

Guide

厚みのある本ではありますが、基本的に読みやすい感じに仕上がっており、ムードも明るいので時代小説初心者に向いてる本だな、という感じがしますね。
時代が時代なので、合戦シーンなどはもちろんなく、スペクタクル要素は全然ないんですが、アップダウンはそれなりにあるので楽しめます。


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