(椎名誠/講談社文庫)
すべてのものが水没した世界。水域を「ハウス」に乗って漂流する男−ハル−の物語。
彼は双胴のカヌーに乗った老人に出会い、水域の中に屹立するシェラトン・ベイホテルの残骸に足を踏み入れ、そしてやがて陸地に出会う。
安寧と漂流、出会いと別れを繰り返しながら、ひたすら前進を続ける男を描いた、骨太な海洋SF。
くおおおっ。漢ッ!
という感じのする一冊ですね。
デュアルモードコミックレビューでは少女マンガ中心に紹介して、○○ちゃんがかわいいのらぁ〜と萌えまくってる私ですが、こういう男っぽいワイルドな作品も好きなのですよ。
こういう「滅びのあと」のような世界設定はもともと好みなんですが、水に覆われた何もない世界というのは、ぐぅーんという世界の広がりとやるせない孤独感が感じられて、特にいいですね。
ハルのキャラクターも強いでもなく、弱いでもなく、ストイックでありながら、どこか優しい人間臭さがあってなかなかいい感じ。人と出会うこと、新しい環境にぶつかることに喜びを感じるその度に彼の心の動きにリアリティが感じられていいのです。
ハルのキャラクターがよいですね。果てしない水域をずんがずんがと進んで行くキャラクターはやはり椎名さんとダブってしまいますな。
山羊髭やズーといったクールな脇役陣もまたよし。人との出会いが希薄で、どこかなげやりな作品世界の空気によくマッチしていますね。
しかし一番気になるのは、この作品に頻繁に出てくる異態生物たち。
「いつも水藻の下にいて、炭酸ガスを嗅ぎつけるとすぐ出てくる」平耳とは、「びちゃびちゃときたならしい音をたてて澱んだ水のゴミまじりの食い物にむしゃぶりつ」く舌出しとは、どんな生き物なんだ〜!?
見てみたいけど、見てみたくないような気がするぞ。
この本は90年に上梓された物ですが、この年刊行された椎名さんの「SF三部作」はどれも納得の佳作。
日本SF大賞を受賞した「アド・バード」は広告が支配する世界を冒険する少年たちを描いた作品で、頽廃的で、やるせなくて、どこか懐かしい、椎名的世界観が濃厚に現れた作品です。スケール感溢れるエンディングがぐぅで、心に残る作品です。
「武装島田倉庫」は短編集ですが、すべて「アド・バード」と同じような世界を舞台に描かれた作品で、統一感が感じられます。とっつきやすさでは「水域」の方が上かもしれませんが、短編という事で話に入りやすく、バラエティにとんだエピソードが楽しめます。
とことん一本道の一本気な作品。水に包まれた世界という設定もシンプルで入りやすく、読み始めればするする行くでしょう。問題があるとすれば椎名作品に共通することですが、「擬態藻(ダマシグサ)」や「浮根塊(ネッコダマ)」といった固有名詞の言語感覚。擬音語の使い方も独特なので、この辺に抵抗を感じる人もいるかもしれません。