(有栖川有栖/双葉文庫)
「行って来る。『海のある奈良』へ」
推理作家・有栖川有栖にその言葉を残し、同業者・赤星楽は、福井県・小浜の海で、死体となって発見された。
人魚伝説の残る町、若狭の小京都、そして、「海のある奈良」と呼ばれる古都−小浜へ、有栖と「臨床犯罪学者」火村英生が向かう。
舞台は東京−京都−大阪と錯綜し、人間関係が交錯する。
そして、新たな殺人が・・・
前半は若狭・小浜の情緒を感じさせ、京都を経て後半は東京を舞台にした連続する謎解きのドラマ。作品全体のテンポが良くて、うーん、引きこまれますねえ。
フーダニット(犯人当て)の作品なので登場人物が結構多いんですが、その誰もが鮮やかな個性を持っていて、作品世界にどっぷりつかることが出来、ヘビーな感じは有りませんね。
有栖川さんはまた、文体がいいんですよねー。ストーリーを追うわけでもなく、ただ紙の上に連ねられた言葉を拾って行くだけでも豊かな気持ちになれるような、リリカルさが光ります。
さらに会話の軽妙さが加わって◎。思わず爆笑ーっ・・・ってなネタはないんですが、映画のようなリズム感と、三十代の男友達同士ならいかにもそんな話をしていそうなリアル感がうまい具合にミックスされて、「有栖川調」といった感じの快活な雰囲気が作り上げられています。これを読むだけでも「買って良かった」ってな気持ちになってしまいますね。
推理作家の有栖川有栖と、彼から「臨床犯罪学者」の称号を贈られる英都大学の助教授・火村英生の名コンビが主人公。火村が探偵役で、アリスがワトソン役、という構成ですね。
コミケなんか行くとこの2人のやおい同人誌がうようよと出まわってたりするので、「う〜ん、そーゆー(美形で中性的な)キャラクターなのかなぁ」などと思ってましたが、読んで見ると、30過ぎの気のいいおっさんという感じで、なかなか好感がもてます。
女性キャラも魅力的。ざっくばらんな感じで、姐御肌といった感じの朝井小夜子女史や、四十五歳という年齢でありながら、女子大生ぐらいにしか見えないというミステリアスな美貌の持ち主、穴吹奈美子社長など、ディテールのはっきりした大人の女性が出てきて、なかなか嬉しいポイントになっています。
講談社文庫・講談社ノベルスから出ている「国名シリーズ」は、鮮やかなトリックが楽しめる短編集。「ロシア紅茶の謎」「ブラジル蝶の謎」「ペルシャ猫の謎」、いずれも火村×アリスコンビの活躍をさくさく追える好作ぞろいです。
現在のところ国名シリーズ唯一の長編が「スウェーデン館の謎」。雪の裏磐梯を舞台にした密室ものです。以前起きた少年の謎の死と、眼の前で起きた密室殺人を絡めながら、柔らかな視線で登場人物を描いた傑作です。
結構ボリュームのある作品ですが、軽快な文体と全体に明るい雰囲気のおかげで、いつのまにかさくさく読めてしまいます。
もちろん作品の軸は犯人あてですが、あまりそこにこだわらず、火村×有栖、火村×小夜子、有栖×片桐などの、軽妙なトークを楽しむ、というノリで味わった方が、より作品世界に入れて、楽しめると思います。