(北村薫/角川文庫)
すべては世界社の雑誌編集者・岡部良介が手にしたミステリーの投稿から始まった。
ふう変わりなセンスを発揮する投稿の主を訪ね、良介が訪ねたのは世田谷の大豪邸。作者はそこに住む、天国的美貌のお嬢さま、新妻千秋だった。
彼女は、家の中では清楚で可憐な深窓の令嬢、一歩門を出ると暴漢もたちどころになぎ倒す正義派活発少女に変わるという、とんでもない二重人格の持ち主。
そして、
クリスマスの女子寮で起きた、殺人と消えたオルゴールの謎。不可解な幼女誘拐事件の謎。衆人環境で補導された、万引少女にまつわる謎。
千秋はそんな三つの謎を、鮮やかに解いて見せた。
「円紫さんと私」「時と人」など、さまざまなシリーズを手がける北村さんの、初期シリーズです。
北村薫さんというと、どちらかというと女性向けの、リリカルでやや堅い作品が中心となっていますが、少女マンガを意識したとも言われるこの作品は、女性向けのリリカルさは変わらず持っているものの、他のシリーズにはないポップさ、軽さが前面に出ています。
とにかく主人公の「お嬢さま」「活発少女」「作家」「名探偵」そして、ロマンスのヒロインと、さまざまな要素を持った新妻千秋のキャラクター性を前面に出し、基本的にはそれに頼りきった構成なのですが、北村さんらしい情景描写や日常の謎を解きほぐす鮮やかさは脇に隠れながらもしっかり健在で、さまざまな読者を満足できるクオリティを保っています。
ヒロインのみならず、他のキャラクターもそれぞれの個性を発揮しながらさまざまなシーンで活躍を見せ、全3巻を通して読むと、千秋と良介のロマンスを軸とした、少女系の「群像もの」のようなカラーになっているのも特色。ストーリー性を意識したミステリーはもともと少ないのですが、その中でもストーリーものとしての充実度のある作品というと少なく、この作品は数少ない成功例の一つとも言えるでしょう。
マンガ的な趣向をきっちりと文章にしながら、しっかりとしたミステリーとしての力を持った作品で、ワンランク上の完成度を誇っています。