黄金旅程

(馳星周/集英社)

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Story

馬産地・北海道浦河に育った主人公・平野敬は、騎手を目指したものの身体が大きくなりすぎて断念、競走馬の脚許をケアする装蹄師を生業としている。
彼は幼なじみである元騎手・和泉亮介の生家である和泉牧場を引き取り、そこを引退した競走馬が余生を送る養老牧場にしようとしていた。
しかしそこに、覚醒剤所持使用の罪で収監されていた和泉亮介が帰ってくる。平野は亮介を更生させるため、能力はあるが気性が激しくタイトルに届かない競走馬・エゴンウレアの調教を任せようとするが、一方で周囲には裏の世界で生きる者たちの影がちらつき始め、門別競馬場では有力馬が不可解な敗戦を喫するレースが続く。
競馬と馬産の光と影を描き、競走馬を愛し競馬を愛する誇り高き者たちが、競馬というものの宿痾と向き合おうとする姿を生き生きと映し出した、直木賞受賞作家の意欲作。

Impression

カヴァーには雄花栗毛の馬の前半身が映し出され、そこにはくっきりと「黄金旅程」のタイトル。
競馬ファンならそれがシルバーコレクターと呼ばれ、通算50戦め、引退レースの香港ヴァーズでようやくGTのタイトルを手にした人気馬・ステイゴールドの香港での名前だということは知っているでしょうし、馳さんのファンならステイゴールドが馳さんの最も好きな馬だということも御存知でしょう。
ということで、馳さんの直木賞受賞後第1作は競馬小説。ですが描かれているのは東京や京都、香港やドバイ、パリを舞台にした鍔迫り合いの熱いレースでもなく、あるいはダービーなら1レースだけで300億円に迫る大金が動くギャンブルとしての魅力でもなく、馳さんの故郷でもある北海道・日高で地道に馬に携わるホースマンたちの姿なのです。そしてそのことによって、「黄金旅程」の名に惹かれた競馬ファンだけでなく、一般の読者にも分かりやすい身近さを感じさせる小説になっています。
中央を中心とした競馬のシステムを下支えしている……と言えば聞こえがいいですが、実際問題としては中央の踏み台にされ、大資本の牧場にあっさりと蹴散らされる日高の小牧場の姿は、産業の姿に違いはあれど、日本のあちこちで見られるもの。それだけに、力はなくとも競馬というシステムの中で存在感を示そうとし、自分に出来ることを探そうとし、そしていつか一矢報いてやろうとする日高の人々に声援を送りたくなってしまう、そしてエゴンウレアに日高の人々を重ねて声援を送りたくなってしまう、そんな臨場感たっぷりな小説に感じられるのです。
後半に発生する「事件」について書評では「唐突」「強引」といった否定的感想も見受けられますが、これを競馬小説ではなく、日高の人々の再起の物語として読めば、この「事件」が不可欠なイヴェントであることが分かるはず。
ステイゴールドをうまく下敷きにしてリアリティを出し、故郷の現状を力強く描き切ったリアリティあふれる好作品です。

2022.9


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